平成15年11月28日

内閣総理大臣 小泉純一郎 殿

厚生労働大臣 坂口  力 殿

  妊娠・出産をめぐる自己決定権を支える会(略称:FROM

会  長  飯 塚 理 八(慶應義塾大学名誉教授)

副会   星 野 一 正(京都大学名誉教授 日本生命倫理学会初代会長)

議  長  遠 藤 直 哉(弁護士 法学博士 桐蔭横浜大学教授)

会長補佐  大 野 虎之進(東京歯科大学名誉教授)

事務総長  柳 田 洋一郎(東京マタニティークリニック院長)

幹  事  岩 上 安 身(ノンフィクション作家)

監  事  大 川   豊(大川産婦人科院長)

広報部長  塩 田 美津子(東京マタニティークリニック医療情報部)

「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」に対する意見書

平成15年4月28日 厚生科学審議会生殖補助医療部会は、「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」(以下、部会報告という)を公表した。当会はこれに基づく法案化に対し、以下のとおり反対する。

第1 結論(声明文)

 1 生殖補助医療において、患者、親族、協力者(ドナー等)などの自己決定権を最大限尊重すべきである。

 2 「生まれてくる子の福祉を優先する」との理由で事前に個人の自己決定権に基づく妊娠・出産の権利を制限するべきではなく、自然妊娠による出生児と同等に「生まれてきた子の福祉と人権」を最大限尊重することが最も重要である。

 3 精子・卵子・胚の提供については、第三者からの提供に限定することなく、兄弟姉妹などからの提供も認めるべきである。

 4 卵子提供を受けることが困難な場合の胚の提供を認めるべきである。

 5 精子・卵子・胚の提供者の氏名・住所を請求する権利(出自を知る権利)は、提供者の同意を条件とすべきである。

 6 「子宮機能が欠損している女性」については、代理懐胎を認めるべきである(但し、妊娠中毒症など「身体的理由によって妊娠・出産ができない女性」を除くという趣旨ではない)。特に、刑事罰の禁止には強く反対する。

 7 実施医療施設及び提供医療施設を著しく限定すべきではなく、国際水準に準拠し、かつ、これまでの実績を尊重したうえで、設置基準を作成すべきであり、これを充足すれば設置を認めるべきである。

 8 不妊治療を受診する患者への公的支援(生殖医療、保険適用など)は、次世代育成支援の一環として位置づけられるべきである。

第2 理由

 I 要旨

  1 部会報告は、厚生科学審議会先端医療技術評価部会「生殖技術医療に関する専門委員会」の平成12年12月「精子・卵子・胚の提供などによる生殖補助医療のあり方についての報告書」(以下、専門委員会報告という)を大きく後退させるものである。代理懐胎禁止及び国家規制強化を除き、専門委員会報告を尊重すべきである。

  2 部会報告は、患者のために貢献してきた現在までの日本の生殖補助医療の歴史を正当に評価しないままに、現状の運用を大きく制限するものであり、患者の利益又は期待権を奪うものである。また、非現実的な案を強行するならば、様々な混乱が生じる恐れもある。

  3 生殖補助医療は、輸血や臓器移植などにも見られるように親族間の協力による実施から出発し、第三者の協力による実施に発展することが多いのであるが、部会報告はこの自然な傾向を理解せず、精子・卵子の提供又は代理懐胎において親族間の協力による実施を否定する過ちを犯している。

  4 代理懐胎は、先天的・後天的に子宮のない女性にとって、唯一の救済手段であり、これを奪うことは、憲法違反となる。国内での実施及び海外への斡旋を罰することは、患者が代理懐胎を直接海外へ依頼しなければならないことになり、費用その他の大きな負担がかかることとなる。

5 部会報告は、生まれてくる子の福祉を守るためとの理由で、規制を強めている。しかし、生殖補助医療を受けた両親の下で生まれた子は、子を熱望して苦労した両親により育てられるが故に、通常の子供や養子などに比べて恵まれているといえる。むしろ、現在でも体外受精児などに対する社会的偏見があり、部会報告により、さらに社会的差別が助長されることの方が子の福祉に反する。

  6 実施医療施設、提供医療施設の数を国家規制により不当に限定するならば、現在まで生殖医療の発展に貢献してきた開業医の医療の自由を奪い、かつ患者の利益を大きく侵害することとなる。特に、最近の少子化問題に苦慮している我が国の現状に鑑み、次世代育成支援に反する政策をとるべきではない。

 II 各項目についての意見

  1 精子・卵子・胚の提供

  (1)兄弟姉妹などからの精子・卵子・胚の提供

     部会報告は、兄弟姉妹などからの、精子・卵子・胚の提供について「精子・卵子・胚の提供における匿名性の保持の特例として、兄弟姉妹などからの精子・卵子・胚の提供を認めることとするかどうかについて、当分の間認めない」とする。しかし、専門委員会報告は「精子・卵子・胚の提供のおける匿名性の保持の特例として、精子・卵子・胚を提供する人が兄弟姉妹等以外に存在しない場合には、当該精子・卵子・胚を提供する人及び当該精子・卵子・胚の提供を受ける人に対して、十分な説明・カウンセリングが行われ、かつ、当該精子・卵子・胚の提供が生まれてくる子の福祉や当該精子・卵子・胚を提供する人に対する心理的な圧力の観点から問題がないこと及び金銭等の対価の供与が行われないことを条件として、兄弟姉妹等からの精子・卵子・胚の提供を認めることとする」としていた。

     過去の実績では、精子・卵子・胚の提供は、第三者からより親族からの方が容易であった。慶應義塾大学医学部では、安藤畫一教授以来、AIDを実施するについて、兄弟からの提供も受けていた。その他の医師も兄弟姉妹からの卵子・精子の提供を実施してきた。すなわち、生殖補助医療は輸血や臓器移植などと同様に、親族からの協力をもとに発展してきたものである。但し、慶應義塾大学では、親族間でも知られたくないとの理由で、学生の提供を希望する者が多かったといわれている。親族の協力からさらに第三者の協力に発展する場合に、さまざまな問題が生じ、その弊害に対処しなければならない。つまり、親族間の協力を得る場合には、第三者からの協力を得るよりも紛争は生じにくいのである。また、部会報告のいう「人間関係が複雑になる」、「子の福祉の観点から適当ではない」また、「兄弟姉妹などに対する心理的圧迫となる」という点については、これに対する十分な配慮を行えばよい。養子をとるについて、第三者より親族から養子をとる方が容易かつ子の福祉にかなうのと同じである。

  (2)胚提供・胚移植

     「他の夫婦が自己の胚移植のために得た胚」(以下、他夫婦胚という)は、通常「余剰胚」と呼ばれているものである。この胚提供は、現状では、卵子提供より容易といわれている。部会報告では、以下のとおり、これを著しく制限する結果をとっている。

     部会報告は、「子の福祉のために安定した養育のための環境整備が十分になされることを条件として、胚の提供を受けなければ妊娠できない夫婦に対して、最終的な選択として提供された胚の移植を認める。但し、提供を受けることができる胚は、他の夫婦が自己の胚移植のために得た胚に限ることとし、精子・卵子両方の提供によって得られる胚の移植は認めない」とし、他夫婦胚のみの提供を認めた。これに対し、専門委員会報告は、「胚の提供は十分に行われないことも考えられることから、胚の提供を受けることが困難な場合に限り、例外として精子・卵子両方の提供を受けて得られた胚の移植を認める」とした。夫と妻の双方が不妊症の場合には、部会報告のいう他夫婦胚ばかりでなく、専門委員会報告のとおり、精子・卵子両方の提供を受けて得られた胚の提供を認めるべきである。

     しかし、部会報告は、上記のとおり、他夫婦胚の提供を認めておきながら、「卵子提供を受けることが困難な場合の胚提供を当分の間認めない」とした。これに対して、専門委員会報告は「卵子提供を受けることが困難な場合の胚提供を認める」としていた。女性に原因があり、男性に異常がない場合、卵子の提供を受けられないとき、専門委員会報告では他夫婦胚を受けることができたが、部会報告ではこれを否定してしまった。つまり、夫と妻の双方に異常がある稀な場合のみに許容するという結果となっている。他夫婦胚の提供が最も必要な、卵子提供の困難な場合にはこれを認めず、多くの患者の救済に道を開かなかった。日本の現状では卵子提供を受けることは困難であり、少なくとも他夫婦胚の提供を認めるべきである。他方、姉妹などからの卵子提供を認める、又は卵子バンクが発展すれば、この方法は減少する。

  (3)出自を知る権利

     部会報告は、「提供された精子・卵子・胚による生殖補助医療により生まれた子または自らが当該生殖補助医療により生まれたかもしれないと考えている者であって、15歳以上の者は、精子・卵子・胚の提供者に関する情報のうち、開示を受けたい情報について、氏名、住所等、提供者を特定できる内容を含め、その開示を請求することができる」とした。これに対し専門委員会報告は、「提供された精子・卵子・胚による生殖補助医療により生まれた子は、成人後、当該提供者に関する個人情報のうち、当該提供者を特定することができないものについて、当該提供者がその子に開示することを承認した範囲内で知ることができる」とした。すなわち、部会報告は、精子・卵子の提供者が著しく減少することを認識しながらこのような結論をとった。慶応義塾大学を中心とするAIDの実績によれば、精子の提供者も依頼者も、ほとんどがAID自体を完全に秘密とすることを希望したと報告されている。また、部会報告の如き出自を知る権利は、スウェーデンなどで例外的にのみ認められ、かつ提供者が激減したと言われている。よって、提供者の氏名・住所の特定については、提供を受けた親の意向、提供者の同意を条件に認めるべきである。

  2 代理懐胎

  (1)部会報告(専門委員会報告も同旨)は、代理懐胎について「代理母・借り腹は禁止する」とし、「代理懐胎のための施術、施術の斡旋を刑事罰によって規制する」とする。

     代理懐胎を実施する医師までも刑事罰が科せられることになっている。しかし、審議の中で、その是非についてはほとんど議論されていない。専門委員会においては、代理出産を海外に斡旋する業者を招こうとしたところ、代理母についての消極的意見のペーパーが提出された程度の調査に止まっていた。しかし、専門委員会はこれを重要な参考意見とした。また、部会は充分な再検討もないままに、専門委員会報告を追認した。問題であるのは、業者は、当時国内において日本産科婦人科学会の会告により代理出産が禁止されると考えられているという状況の中で、患者がやむを得ず多額の出費をして、斡旋業者に依頼せざるを得ず、業者もこの現状に甘んじようとした面があったことである。しかし、専門委員会、部会は、恐らく業者の意図を超えて、業者をも罰する刑事罰をも設定してしまった。

     本来は、国内にどれだけの多くの患者がおり、その声がどれだけ切実なものであり、海外のボランティアに依頼するにもかかわらず、多額の費用を出して依頼せざるを得ない現状を正面から調査することが重要であった。また、向井亜紀さんの代理懐胎の報道により、世論が大きく変化していることを適切に調査し得なかったことも問題である。

  (2)部会報告は、代理懐胎の実施、斡旋を処罰するので、国内での実施はもちろん、現在まで一定の役割を果たしてきた海外への斡旋行為も処罰されることとなる。患者は、直接に海外へ依頼する方法しかなくなる。このような場合には、より高額な費用や様々なリスクを負うこととなる。また、闇の商業主義により、被害が発生することもあり得る。

  (3)代理母が自己の身体で貢献することは、血液提供、臓器移植、骨髄移植などにおいて貢献することと同じに考えられるのである。本人への充分な説明と本人からの同意を前提にすれば、親族やボランティアの支援を受けることは許容される。

     第1に、親族(例えば母)から代理母として支援を得るのは、誠に自然の成り行きであるし、医療の目的に純化し、商業主義には無関係である。それゆえ、親族の協力による代理懐胎を許容すべきである。

     第2に、向井亜紀さんの例のような、代理母の純然たるボランティアとしての貢献を評価し、医療としての協力体制を整備すべきである。

  (4)代理懐胎は、体外受精の発展により、現在では父の精子と母の卵子を使用するホスト・マザーが主流である。この場合には、依頼者夫婦を父と母とすることができる。すなわち、代理母の卵子を使うサロゲート・マザーのように、代理母を母とすべきかの問題は消滅しつつある。

  (5)代理懐胎を刑事罰で禁止することは、以下のとおり憲法に違反する。

a 患者の幸福追求権及び自己決定権を侵害する。

b 医師の診療の自由(公共の福祉、営業の自由)などを侵害する。

c 適正手続条項に違反する。

  3 実施医療施設及び提供医療施設

    部会報告(専門委員会報告も同旨)は「提供された精子・卵子・胚による生殖補助医療は、厚生労働大臣または地方自治体の長が指定する実施医療施設でなければ実施できない。実施医療施設への精子・卵子・胚の提供は、厚生労働大臣または地方自治体の長が指定する提供医療施設でなければできない」とする。厚生労働大臣または地方自治体の長が、その裁量をもって指定する場合には、公平適切に選択される保証がない。法令により実施医療施設及び提供医療施設の基準を設定し、これに合致したときは自動的に認可するとの制度が望ましい。現在まで、生殖補助医療の発展には開業医が大きく貢献してきた。これらの開業医の診療が大きく制限されるとするならば、患者は大きな不利益を受けることとなる。

以 上